赤線地帯 ⚠️ネタバレあり

 赤線地帯 1956

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 昭和20年代から30年代にかけて半ば政府公認で売春が行われていた特殊飲食店街・赤線

 売春禁止法条令が新たに発足するとの噂が立ち、職を失うかもしれない不安と混沌とした世間の中で働く女性たちの群像劇

 

 売春禁止法が制定されたのは公開年でもある昭和31年で、当時の社会情勢がそのままリアルタイムで映されている。白黒だからどうしても『大昔の作品』って先入観で見ちゃうけど、公開当時は最近の社会問題をテーマにした現代劇で、映画館を出たらそこらにもうヒロイン達と同じような境遇にある女性たちが道を歩いていたかもしれない、ってこと。そう考えると生々しくて戦後当時の世の中の暗い部分が想像できる気がする。

 赤いりんごにくちびる寄せてから始まり新幹線で大阪万博までこんにちはこんにちは。戦後の日本が持つパワーや底力みたいなものにスポットを当てて教えられてきたように思うのだけど、光があれば闇もあるのは当然の話。

 

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 オープニングは当時の東京を空から見た映像。このバックで流れている音楽が凄まじい。実験音楽のような規則性の無い電子音に引っ掻くようなバイオリンに悲鳴のような女声コーラス。不安になる。ここでこんな感情を持った時点でもうこの映画の世界観に入り込んでるのかも。登場人物はみんなそれぞれ理由があって体を売っている明日も見えないような追い詰められた身の上だし、そりゃ安心も安定も無いはずで、この映像に映る黒い東京で不安を抱えながら生きてんだよなぁ。


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 当時の吉原がちょっとでも見れたってのも収穫

 この吉原で4代続く売春宿『夢の里』で働くおねえさん達、

 ・金持ちの実家を飛び出してきたヤンキー娘ミッキー

 ・好きな人と結ばれ主婦になることに憧れるより江

 ・女手一つで育ててきた息子との同居を願うゆめ子

 ・病気の夫と小さな子供のため家計を支えるハナエ

 ・金のために客を騙す魔性の女で売上トップのやすみ

 

 と揃ってワケあり。みんなそれぞれの理由のために日々働いている。

 メインヒロインはミッキーだけど、明確な主役を作らず5人全員にスポットを当ててドキュメンタリーか?ってくらいリアルに一人一人の生きてく様とその末路を描いてるのがすげ〜ってなった。

 

 ミッキー

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 京マチ子様演じるミッキー。咥え煙草で毛皮を引っ掛け、新入りのはずなのに我が物顔で店の中を物色し「うちヴィーナスや」「八頭身やで」と自信満々な発言を繰り返す。関西弁なのが勝ち気な性格に拍車をかけて見える。というか自分のことをミッキーなんて横文字バリバリのニックネームで名乗るあたりかなり型破りなコなのでゎ?

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 (⬆️背景も当時のお店の様子が伺えて楽しい。ケバケバしく時に悪趣味な内装はぜひカラーで見たいもんだった)

 当時の女優さんとしてはかなり日本人離れしてたらしい豊満なスタイルとキュートな表情。馴染み客を横取りしたことをより江に責められても悪びれず鏡台でお色直し。「シマの掟〜?んなもん知るかいな、若くて美人のアタイに男が寄ってくるのは自然の摂理や」とでも言いそうな。稼ぎより借金の方が多くても店のお父さんにお小遣いを強請る厚かましさ、奔放で可愛い。

 でもこのミッキー、グレるのにも相応の複雑な家庭育ち。連れ戻しに来たのを追い返すためとはいえ「ショートで千五百円、一生忘れられへん味がするで」と実の父親を寝床に連れ出そうとする場面が、この子の意地みたいなものは結局女であるということなのかと考えさせられる。たまげたパパに逃げられて泣いたあとでも「大メロドラマやな、ひとっぷろ浴びてマリリンモンローでも観たろ!」ってミッキーみ溢れる切り替えの仕方をするあたりギャルギャルしててイイネ

 

 より江

 カタギのカレと一緒になって暮らすことを夢見る乙女ちっくなおねえさん。

 「カレったらこの頃シケててちっとも遊びに来ないんだよ、会いたいなァ」と寂しそうに話す姿、彼が吉原に来ないのは本当は心がより江じゃないところに行ってるからなのかもしれないけれど、そういう発想には一切ならず彼を信じて嬉しげに惚気るのが健気だ...。早くお嫁に行きたすぎて鍋や泡立て器を買い込んでうっとりしてるのがいじらしい。

 そして仲間のお膳立てで『夢の里』を飛び出し彼のところへ行くことになる。ささやかなお祝いの宴会でより江に渡される餞別が、「いつでも帰ってこいよ」の電車券だったりどストレートに現金通帳だったりして、キャラクターの個性がバリバリ出てて面白い。

 しかし結局彼女は吉原に戻って来る。理由は彼女曰く「夜中まで働かされて家事炊事もさせられて、床に入れば体を求められて、いくら働いてもひどい貧乏。相手はあたしじゃなくて人手が欲しかっただけ」。話を聞いたハナエの「だってあんたお嫁に行ったんだし当たり前じゃない」ってのも、この頃の結婚がそういう側面も強かったのもわかるんだけどさ。結婚=本当の幸せなのか?これは昨今ネットでもよく見かける議論じゃんか。現代にも通じる問題提起でハッとする。

 「働いた分自分のものになるこの商売がつくづく良いと思っちゃった」「身に付いた垢ってなかなか落ちないもんなのねぇ」...やるせない

 

 ゆめ子

 田舎に残した一人息子を養うために働く未亡人。

 演じる三益愛子サンは母もので名を馳せた女優さんで、家族愛をテーマにしたような作品やコメディ映画でお母さん役をやってたようで。そんな人が娼婦をやるなんてイメージ的にも結構すごいことだったのかもしれない。出演時の彼女は40半ばだけど、そこそこの年齢でも生活のために店先に立って男に媚びて、ってのを見ると生々しくて、彼女こそが当時のリアルだったんじゃないかとも思える。

 このゆめ子さん、自分を売ってまで育ててきた息子に決別されてしまう。成長し上京して働くようになった彼とやっと一緒に暮らせるようになる...と夢見ていたゆめ子さんに対して、長年離れて暮らしてきて何も知らず育った息子は母親が客引きする姿を見て幻滅し縁を切ってしまうっつー救いようのない話。「あんたを立派に育てるためにこの歳になってこんな情けない商売してるんじゃないか」「子供を育てるのは親の責任だ」、どっちの気持ちも分かってしまう、いや自分はまだ息子寄りか。後ろめたい気分になって悲痛なシーン。売春禁止法が制定されれば食いぶちが無くなるわけで、それで唯一の家族である愛する息子に別れられたらどん詰まり。すがるゆめ子さんを「汚い!」と払い除けて行ってしまう彼。そこでかかる例の不安な電子音のBGMと横切る車が二人の断絶を表しているようで、あぁ...あぁ...。最終的にゆめ子さんは気が触れてしまい病院に送られてしまうというラスト。あぁー...

 

 ハナエ

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 演じるのは木暮実千代サン。コケティッシュなお顔立ちにフォックス眼鏡の似合う女性。とてもお美しい。新たなる推しです。

 ハナエさんは子持ちの通い娼婦で、雇う側としては疎ましい存在らしく店のおかみさんに遅刻を嫌味ったらしく突かれたりしている。それでも病身の夫と幼児を抱えているため働かなくてはならない身の上。ヒロイン達の中で一番悲壮感があるのは彼女だと思う。

 そんなハナエの夫は、お嫁に行くより江におかしいくらい真剣に「何があっても戻って来るんじゃないよ、あんなところでいつまでも働いてる女は人間のクズだ」と語る。病身の彼は同じく"あんなところで働いている"ハナエに家計を支えてもらっているけど、同時にそんな職業に強い嫌悪を抱いている。これは彼の自己中じゃなく病気で働けないために奥さんを"あんなところ"にやっている自分がしんどいんだろうな。それとゆめ子の息子にも通ずる娼婦という職業への差別意識、これは現代も変わらずあるものだけど、本人達も辛ければそんな身内を持つ家族も辛い、どうあがいても絶望。そして彼はとうとう自殺未遂を起こしてしまう。

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やすみ

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 若尾文子様のお美しいことといったら。平気で男を騙し金を巻き上げ澄ました顔をしているその図太さ、わりぃ女ダナ〜〜〜たまんね〜〜〜

 実は借金のカタとして売られた過去を持ち、「たった20万のために私の人生はめちゃくちゃ、貧乏なんて大嫌いよ」と金に執着する彼女。『夢の里』一番人気に上り詰め金貸しとしてもみんなから頼られている。 申し訳なさそうにそっと襖の陰から白粉代をお願いするゆめ子は年長者のはずなんだけど、とてもやっちゃんには頭が上がらない様子。

 同じ職場で働く似たような身の上だけれど彼女はみんなと寄り添ってやっていくつもりは無くて「私はみんなとは違うのよ」みたいな態度が透けて見える。どれだけ彼女達が金に困っているか知っていても利息はきっちり取る運用上手。「淫売に堕ちてもやってけない女がこれからどうなるか見極めてやるのよ」という言葉が全てを物語っている。冷たいけれど上手くやっていけるのは結局こういう人なんだよな...わかるわかる

 騙した男に逆上され殺されそうな目に遭っても、彼女は金を貯め花街から足を洗い布団屋の女主人として旗揚げをする。優しさや人情や苦労の度合いなんかより結局こういうしたたかさがある人が成功する、作品としてハッピーエンドともバッドエンドとも取れないけど、これが一番のリアリティね

 めちゃくちゃな美人が貯めた金を一枚一枚数えていく仕草はなんとも言えず艶めかしい

 

 足を洗ったやすみの後釜は、大怪我をして動けない父親の代わりに九州から出稼ぎに来た新入りのしづ子。天丼を「こんな美味しいもの初めて」と掻き込んでいた田舎娘の彼女が初めて店先に立って、壁から顔を出しながら震える手で恐る恐る客を呼ぶラストシーン
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 この後彼女がどうされたか想像に難くないやるせなさ。こちとらおねえさん達が大変な目に遭っているのを80分に渡って見させられてるもんだから「あぁ踏み入れてしまったら最後...😭😭😭」ってなるけど、生娘の少女さえこうでもしないと生きていけなかったっつーのがなんとも...


 売春禁止法発足前夜。「俺たちは政治の行き届かないところを補っている。政府に変わって社会事業をやっている」「自分のものを自分で売ってどうしていけないんだろう」「あんたが品物を売ってるようにあたしは身体を売ってるのよ」、彼女たちはただこうするしかないからやっているってだけ。それぞれの事情を抱えながら手探りで生きているところを、情をかけることも突き放すこともせずそのまま映しているような印象だった。赤線・売春・風俗なんてテーマなのにこんなにドライにできるもんなんだなぁ、すごひ

 特筆すべきは花街がテーマなのに一切お色気シーンが無い!肌も露出しなければ直接的な表現も無い!ドラマ性全振りの作品であった